コレクションの作家たち
Mikuláš Galanda
1895年 トゥルチアンスケ・テプリツェ–1938年 ブラチスラヴァ
スロバキア・モダニズム唯一のマニフェストの共同執筆者にして、その最も際立った先駆者。トゥルチアンスケ・テプリツェ(Turčianske Teplice)に生まれ、1914年にブダペストのアカデミーで絵画を学び始めたが、学業は戦争によって中断された。プラハでは工芸美術学校でV・H・ブルンネル(V. H. Brunner)に、美術アカデミーでアウグスト・ブレムゼ(August Brömse)とフランツ・ティーレ(Franz Thiele)に学んだ。1929年からブラチスラヴァで教え、同地でリュドヴィート・フラ(Ľudovít Fulla)とアトリエを共有し、1930 – 1932年にはともに『フラとガランダの私信』(Súkromné listy Fullu a Galandu)を刊行した。1933年に美術工芸学校(Škola umeleckých remesiel)の教授となった。
彼の描く母たち、義賊、叙情的な女性像は、キュビスムと表現主義の教えを郷土の主題と結びつけた。雑誌『DAV』の初代グラフィック編集者にして近代スロバキアの本の挿絵の共同創始者として、パリ万国博覧会(1937年)で銀メダルを受賞した。四十三歳で急逝し、マルティンの国民墓地に葬られている。トゥルチアンスケ・テプリツェの生家では、1991年からその作品の常設展示が公開されている。
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